2019年10月16日

舍利講式

円覚寺には、国宝舎利殿がございます。

舎利殿ですから、お舍利をお祀りしているお堂であります。

舎利殿にお祀りしているお舍利は、

鎌倉時代に源実朝公が、中国に使者を遣わせて能仁寺からいただいてきたという、

お釈迦様の上頷右牙の舍利、

すなわち右上の歯であります。

このお舍利を年に一度ご開帳するのが、十月十五日の舍利講式であります。

大方丈のご本尊釈迦如来に、その日だけは、お蔵にお移りいただいて、

ご本尊をお祀りしているところに、仏舎利をお祀りいたします。

そして、延々と儀式を行います。





一山の僧侶が何度も何度も礼拝を繰り返し、

お舍利の功徳を讃えてお経を読むのであります。



お昼前には、法話を行って、そのあとご参詣の皆様で、それぞれ手から手へと仏舎利へのお供え物を手渡して、

最後にお香を焚いて舍利真前にお供えするという儀式がございます。

そのあとに、大施餓鬼会を行って、各家のご先祖のご回向を勤めています。

お釈迦様の滅後に舍利を供養することは、

肉親のお釈迦様にめぐり会うのと同じ功徳があるのだと経文には説かれています。

法話では、いつもの通り皆様と手を合わせて、今日のめぐりあいに感謝をして始めました。



いつも、両親のおかげでこの命を賜ったこと、

今日まで多くの方々のお世話になってきたことなどを感謝するのですが、

今日台風が来なかったこと、災害の無い事にも感謝をすることが大事だとお話しました。

報道では、各地で大変な台風の被害であります。

お亡くなりになった方も多くございます。

まだ行方不明で捜索中の方もいらっしゃいます。

そんな事を思うと、年に一度の年中行事ではありますが、

いつもと変わりなくお勤めすることができたのは、何にもまして有り難いことであります。

横田南嶺

2019年10月14日

羅漢講式



十月十四日は、羅漢講式。

明くる十五日は舍利講式という、円覚寺の大事な儀式であります。

円覚寺には、五百羅漢と十六羅漢の軸が伝わっています。

五百羅漢図は、五十幅あります。一幅に十人の羅漢さんが描かれていて、

五十幅で五百羅漢となります。

五百羅漢図と十六羅漢図を、大方丈に掲げて、

一山の僧侶が出頭して、羅漢尊者を一体ずつ礼拝してはお招きします。

そして羅漢さまの功徳を讃嘆するのです。



羅漢とは、阿羅漢とも申します。

阿羅漢は、サンスクリット語arhanの音を写した言葉です、音写と申します。

漢訳では「応供(おうぐ)」といって、尊敬され、施しを受けるに値する聖者(しょうじゃ)をいいます。

インドにおいては、尊敬されるべき修行者をさしました。

仏教では、修行者が到達できる最高の位を表しました。

仏道を学び、そして完成し、もはやそれ以上に学ぶ要がないので、無学という位でもあります。

仏さまの称号の中にも、「応供」の名があり、

もとは仏様の別称でもありましたが、後には弟子の称号となりました。

特に中国や日本においては仏法を護持することを誓った十六人の弟子を十六羅漢と呼びました。

また、第一 回の仏典結集(けつじゅう)に集まった五百 人の弟子を五百羅漢と呼んでいます。

禅宗では、お釈迦様の法を継いだ迦葉尊者が阿羅漢であったので、

羅漢を修行僧の理想として尊びました。

 


今日の時代ですので、羅漢尊者のような厳しい修行もできていないのですが、

せめて理想を忘れてはならないと、礼拝を繰り返しています。

とりわけ、私如きは、羅漢どころか、何もしない「はたらかん」であります。

慚愧懺悔で礼拝しています。

 


十五日は、円覚寺に伝わる仏舎利を一年に一度ご開帳する儀式が行われます。

横田南嶺

2019年10月14日

仰げば月あり

毎月四国在住の方から、毎月「こだま通信」という葉書を送ってもらっています。
 


毎月読むのを楽しみにしているのですが、

今月は、九月に岐阜県揖斐川町の大興寺様での法話を

まとめて紹介してくださっていました。

その日もはるばる四国から岐阜の法話会に

お越しくださっていたのでした。

「こだま通信」は以前にも紹介したことがありますが、

短い文章でよくまとめてくださっています。

ちょうど先月の台風一五号の後に、

大興寺様におうかがいしたので、災害の無いことの有り難さをお話したのでした。

あれから一月、更に台風一九号が、関東地方に猛威を振るいました。

多くの方々がお亡くなりになっています。

ご冥福をお祈りします。

 

今被災されている方々も、いつの日か、

「影あり 仰げば 月あり」と

気がつくことのできる日が来るようにと祈っています。

横田南嶺

2019年10月13日

大自然の力

今回の台風で、国宝舎利殿の裏山の杉の木が
何本か倒れてしまいました。


昨年の台風でも舎利殿の裏の大木が
根っこから倒れて、舎利殿の屋根を一部
損壊してしまうことがありました。

屋根はようやく修復でき、
裏山も危険な木は、あらかじめ伐採して
いるところでした。

台風がくるというので、職人さんたちは
杉が倒れないようにと、ワイーヤーで
しっかり縛っておいてくれたのですが、

そんな人間の行いをあざ笑うかのように
杉の木は、なぎ倒されてしまいました。


大自然の力は、人間の作為をはるかに
超えたものだと思い知らされました。

本日は日曜日ですから、職人さんも
もともとお休みの日だったと思いますが、

皆さん総出で、倒れた木の片付けに
取り組んでくださっています。

これほどの大木になりますと
素人木こりの出る幕ではありませんので、
感謝の声だけかけて見守っております。

横田南嶺

2019年10月13日

10月の日曜説教会 映像

本日、円覚寺・大方丈にて行われた横田南嶺管長による日曜説教会の映像です。

台風の直後で電車も止まっている中、大勢の方々がお越しくださいました。

皆さま、ぜひ、ご覧ください。





2019年10月13日

いよいよ 分からなくなる

本日は、東慶寺様で、釈宗演老師没後百年の記念講演をつとめる予定でした。

題は「釈宗演老師の目指したもの」。


宗演老師については、何度も話をしてきています。

資料も何もみなくても、いくらでもお話できるくらいですが、

昨日台風の為

東京白山の龍雲院の坐禅会も中止になったので、

じっくりと改めて資料作りに没頭していました。

すると、宗演老師について、調べれば調べるほど、学べば学ぶほど

分からなくなってきました。

まさに、『論語』にあるように、

之(これ)を仰げばいよいよ高く、
之を鑚(き)ればいよいよ堅し。
之を瞻(み)るに前に在れば、
忽焉(こつえん)として後に在り。


なのであります。

その徳は山のように、仰げば仰ぐほど高い。
その信念は金石のようなもので、
鑚きれば鑚きるほど堅い。
その高遠な道は捉えがたく、
前にあるかと思うと、たちまち後ろにある。

このような人なのかなと思うと

また違った一面を見ることができ、

学べば学ぶほど分からなくなってきました。

 
講演のはじめに、次の宗演老師の言葉を紹介しようと思っています。

「アメリカ合衆国から、自分第一(ファースト)という個人主義が輸入されて、
恐ろしい勢いで跋扈しはじめた。
この思想の勢いは防止することができない。
ナニモ個人主義、カモ個人主義、いちいち、自己を中心にして割り出す、
これが高じてくると危険思想にもなるのです。」


 
百年以上前に「自分ファースト」という表現をされているのには

驚きであります。

ではそれに対して、日本はどうあるべきかというと

宗演老師は

「我が日本人の思想としては、何が中心にならなければならないかといえば、
それは『感恩の精神』(おかげさまと恩に感ずること)
とでもいうべきものではないでしょうか。」


と仰せになっています。

 

この話を出だしに使って、話そうと思っていたら

台風の為、講演が延期になりました。

 

宗演老師のことが分からなくなるどころが

明日のことも分からないのでした。

横田南嶺

2019年10月13日

台風

台風が、また直撃しました。
前日以来、報道では、大変な警戒を呼びかけていました。

たしかに、一晩雨と風が吹き荒れました。

朝方、境内をみてまわると、
舎利殿の裏に倒木が何本かあり、

境内の参道にも杉の木が倒れていました。




白露池にも先月と同様、杉が倒れていました。



 
木こりの血が沸き出てきて
よし、伐って片づけようと思っていると

本山の部長さんが、
「木こりは、おやめください。
すぐに職人が来るように手配しています」とのこと。

以前ならば、そう言われると
よし、職人さんが来る前に伐ってやれと
思ったものですが、

この頃は、年のせいか、穏やかになって
神妙に職人さんが来てくれるのを待って、

職人さんのお邪魔にならぬように、
伐っていただいた木の片付けに専念していました。

さすがに、チェーンソーで伐ってくれますので
あれよあれよというまに、見事に伐ってくれました。

そのほかには、舎利殿はじめ建物などには被害はないので
ホッと安堵しています。

横田南嶺

2019年10月12日

四つの病

毎月一度、東慶寺において円覚寺の開山仏光国師(無学祖元)の語録の勉強会を行っています。

ただいま、円覚寺に於ける説法について学んでいます。

その中に、『円覚経』の四病について説かれているのです。

四つの病とは、作(さ)・止(し)・任(にん)・滅(めつ)の四つです。

 
先ず第一の作病とは、俺がやらねばという病。

熱心に修行しようとする人が陥りやすい病です。

断食してだの、独り山にこもって坐るだの、

立派なことには違いないのですが、

俺がやっているんだ、俺はこんなに頑張ってやっているんだぞという思いが

自我を増長してしまいます。

それは同時に、やっていない人に対して攻撃的にもなりかねません。

よいように見えてやはり病なのです。

 
次には止病。思いを止めようとする病です。

無念無心が尊いのはいうまでもありませが、

あまり故意に思いを止めよう、一つのものに集中して、外のものには心を奪われぬようにしようとし過ぎると、

これもまた病となります。

 
三つには、任病。でまかせ、あるがままに任せる病です。

あるがままということも尊いことには違いないのですが、

迷いも悟りもないなどと野放図になってしまうと病となります。

 
四つには、滅病。完全に苦悩を断ち切るという病。

身も心も空であり、何の苦悩も無くなったという病です。

これも立派なことは立派ですが、すべてを断ち切ったという思いがとらわれになってしまいます。

 
どれも、病にもなれば、それが薬にもなり、

薬だと思っているのがまた病にもなると、仏光国師は示されています。

作病などは、まさしくその通りで、

願心を持って出家したような人がかかりやすい病です。

俺がやらねばという思いは、いいのですが、

人にも強要しようとしたりすると軋轢を生じます。

結果は人をも自分をも苦しめるだけになってしまうことがあります。

薬は病にもなり、病は薬にもなる。

「俺がやらねば」という気持ちもよい薬にしないとなりません。

病をよく知り、薬がどのように病や毒にもなってしまうのかということを、

謙虚によく学んでおくことが大事です。

 
『円覚経』は、円覚寺にも縁の深いお経ですが

この頃は、あまり学ばれません。

やはり、いいことが書いていますので、

学ぶことを怠ってはならないと改めて思います。

横田南嶺

2019年10月11日

夢窓国師の願い



夢窓国師の生きられた時代は、鎌倉幕府が滅ぼされ、

後醍醐天皇による建武の新政になり、

さらに後醍醐天皇から足利氏の幕府にと、

めまぐるしく変動したときでもありました。

幾たびも、戦乱に見舞われた時でありました。

それだけに、夢窓国師は、平和に対する願いが強いものでした。

足利尊氏が幕府を開き、後醍醐天皇が吉野で崩御なされた後に、

後醍醐天皇を弔う為に天龍寺を創建されました。

夢窓国師は、天龍寺を開山するにあたり、

毘盧遮那仏を本尊としました。

これは、円覚寺が毘盧遮那仏を本尊として、

怨親平等の精神で敵味方等しく供養されたのを受け継いでいると思われます。

後醍醐天皇の十三回忌の法語にも、

「真浄界中、他無く自無し。豈、怨親を其の間に容れんや。」の一語が見えます。

毘盧遮那仏を本尊として、その悟りの世界においては、自他の区別は無く、

まして況んや敵も味方も区別することはないということを明言されています。

更に「一迷纔かに生じて万境随って現じ、世界の治乱人倫の怨親、虛妄にして相酬い、虛妄にして相奪う。」

と述べられています。

一念、自他を隔て、敵味方を分かつ思いから、さまざまな争い事が起こるのです。

夢窓国師の師匠の更に師匠である無学祖元禅師(仏光国師)のお心を受け継いで、

天龍寺を開山し、更には全国に安国寺利生塔を建てて、

怨親平等の心で、敵味方区別なくすべての御霊を弔い、

真の平和の実現を願われていました。

(花園大学 禅とこころ講義より)

横田南嶺

2019年10月10日

自己を完成させるのが先か、人をすくうのが先か

夢窓国師の『夢中問答』の中に、興味深い問いがあります。

まず自分自身が修行して悟りを開かなければ、

人をすくうことなどできないではないかという問いです。

我々が普段読んでいます『四弘誓願文』にも、

まず第一に「衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)」とあって、

それから「煩悩無盡誓願断」「法門無量誓願学」「仏道無上誓願成」と続いています。

まず、悩み苦しむ人は限り無いけれども、誓ってすくおうと願い、

次に煩悩は尽きることないけれども、誓って断ち切ってゆこう、

教えを無量であるが誓って学んでゆこう、

仏道はこの上ないものだけれども、誓って成し遂げてゆこうという四つの願いです。

これをみても、まず自らの煩悩を断ちきって、教えを学んで、仏道を成就させて

それからはじめて人々をすくおうとしてゆくのが、正しい道筋ではないかというのであります。

たしかに、もっともなことのようにも聞こえます。

しかし、夢窓国師は、決してそうではないと仰せになっています。



夢窓国師のお言葉によれば、

人々が迷い苦しんでいるのは、自分自身に執着して、

自分だけの利益を求めたりしてしまうためだ。

ですから、迷いから逃れようと思うのならば、

まず我が身のことを忘れて、人の為に尽くすことだというのです。

そうすれば、

 
「大悲、内に薫じて仏心と冥合す」

 
と夢窓国師が説かれています。

 
 
仏心は、大慈悲の心です。それは、本来お互いに持って生まれたものです。

ただそのことに気がついていないだけなのです。

そこで、何か人の為に尽くそうと思う、大慈悲の心を起こせば、

自分自身の内側の慈悲の心が、我が身にしみこんでいって、

自ずと仏心と一つになってゆく。すなわち仏道が成就してゆくというのです。

薫習(くんじゅう)とは、よい香りなどが身に染みつくことを言います。

これは、おもに外の香りが我が身に染みつくことを言っているのですが、

夢窓国師は、内側にまず仏心が目覚めて、それが我が身に染みついていって、やがて仏心と一つになってゆくというのです。

逆に、自分自身の為だけに悟りを求めるなら、

それは自我に執着してしまう心になってしまうので、

自身の仏道を成就することはおろか、到底人をすくうこともできはしないのだという仰せなのであります。

まず人の為にできることはないか、何をしてゆこうという心を起こすと、

仏心が目覚めて仏心と一つになっていって、

仏道を成就してゆけるという教えなのでありあます。

慈悲を先とする教えであります。

(令和元年十月八日 花園大学禅とこころ講義より)

横田南嶺

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